今、コミットしている現場から  梓澤和幸


倉渕ダム事件─検察審査会の議決 (2003年4月18日)

梓澤が関わっている事件を紹介します。

■ 議決書要旨

1 被疑事実の要旨

  被疑者A及び同Bは、いずれも倉渕ダム建設事業の計画等の職務に従事していたものであるが、同人らが共謀の上、群馬県利根川水系鳥川上流倉渕ダム建設事業計画文書に編綴された日本工営株式会社(以下「日本工営」という。)作成の「治水代替案の検討」文書について、「河川改修事業を行った場合にかかる費用」と「ダム建設にかかる費用」との比較検討のために作成された河川改修費にかかる用地費を時価より高額に設定していたことを隠匿しようと企て、

第1 平成14年3月14日ころ、群馬県庁舎内において、行使の目的をもってほしいままに、上記「治水代替案の検討」文書と題する書面中の「河川改修費(洪水調節を行わない場合)内訳一覧表」の部分を破棄し、新たに同部分に記載されていた用地費、移転補償費、直接費、間接費及び工事諸費の各金額を改竄した「河川改修費(洪水調節を行わない場合)」及び「河川改修費(洪水調節を行う場合)」と差し替え、もって、「治水代替案の検討」文書を変造するとともに、同日、C方において、同人に対して、情報公開請求に基づく開示決定に基づいて、上記変造した「治水代替案の検討」文書のコピーを、真正に成立したもののように装って交付して行使し

第2  同日同所において、公務所の用に供する文書である変造前の上記文書を毀棄したものである。

2 検察審査会の判断

  当検察審査会は、審査申立書及び申立人提出資料等並びに本件不起訴処分記録を審査検討した結果、
  第1の無印私文書変造、同行使については、検察官は、申立人らが情報公開を求めた群馬県利根川水系鳥川上流倉渕ダム建設事業計画文書に編綴された日本工営作成の「治水代替案の検討」文書に関し、上記「治水代替案の検討」文書の作成者は日本工営であるものの、同文書について群馬県庁職員には、業務委託契約上で改変する権限があるから、被疑者らが同文書を改変し、行使したとしても正当な行為であり「罪とならず」と裁定している。しかし、現代社会では、法律的な権利義務関係及び経済的取引をはじめ重要な事実関係は、行為者の意志が文書に示されることによって明確となり、証明されるものであることに鑑みると、文書の改変は、時と場合により、ある程度限定されるべきものではないかと考える。日本工営が群馬県との業務委託契約に基づいて同県に提出した文書は、同契約上は改変する権限を認めているが、これは日本工営の作成した文書に対する著作権を放棄させる趣旨の合意に過ぎず、「文書に対する公共的信用」をも害するような改変権限は許されるべきものではないと考える。つまり、改変する権限が、同契約上であったとしても、いかなる内容の改変も認められるものと言うべきではなく、群馬県が、一定の専門的調査事項について民間の委託会社に調査を依頼し、調査結果をまとめた報告書を受領した場合、群馬県にいかなる範囲で改変が認められるかは、趣旨及び目的から判断されるべきものと考える。通常、委託契約に調査を依頼するのは、対象事項の調査、知識ないし分析力の専門性を期待してのことであり、調査経緯、調査結果、分析の前提となる数値及び分析結果等は、すべて当該調査事項及び調査結果を証する重要な要素であって、その内容について改変権限を認めたことになれば、調査対象全体の信憑性を歪め、調査結果を検討する際の検討対象として正しく提供するという意味すら果たせなくなるおそれがある。したがって、本件における契約によって認められる群馬県の改変できる権限は、当該調査結果を記した文書の誤字脱字等を訂正し、文書としての体裁を整える程度のものに限定されるべきであり、これを超えて当該文書の内容を変更する権限まで有するものではないと考える。仮に群馬県と委託会社の契約により、文書の内容を大きく変更することができるとするならば、群馬県は多額の費用をかけて民間の委託会社に調査を依頼し、報告書を作成させたことが無駄なこととなる。したがって、本件の場合のように、契約によって文書の内容を改変したことを、正当な行為として認めることはできない。
  第2の公用文書毀棄については、検察官は、本件文書の原本には、改変前の「内訳一覧表」が編綴されたままで、改変後の「内訳一覧表」が付加して編綴されているから、原本についての破棄ないし差し替えの事実がなく、犯罪の「嫌疑なし」と裁定している。しかし、本件不起訴処分記録を審査検討すると、検察官は、「治水代替案の検討」文書の保管状況及びその現況を確認していることは認められるが、上記文書中の改変前の「内訳一覧表」と改変後の「内訳一覧表」が、何時、どのような経緯で編綴されたか等の事実関係には一切触れておらず、書類の隠匿の有無についての事実を確認するためにも、被疑者らに対して事情聴取を行うべきであり、その点でも捜査を十分尽くしたと認めることはできない。

  以上の各点から、検察官の各裁定には検察審査会として、また、一般県民感情としても納得できないので、再捜査の上、再考を要請するものである。よって、上記趣旨のとおり議決する。

前 橋 検 察 審 査 会

■ コメント
  本日前橋検察審査会から、前橋地検の不起訴処分不当との決定を受け取った。
  審査会を構成する市民の鋭い正義感に驚きと畏敬の念をもって決定に接した。
  私文書変造、文書毀棄のいずれも、県当局が住民をごまかすための違法きわまりない犯罪である。この犯罪を検察当局がかばいだてし、事情聴取もしないまま不起訴としたのである。   このような官僚のかばいあいで、後世に伝えてゆかねばならぬ、自然破壊がみすごされようとし、自らの貴重な時間を省みずに、真実にせまろうとした人々の尊い所為がやみに葬られようとしたのである。
  本日の決定は戦争と、政治や社会の腐敗に憤りを蓄積してきた私たちに、少なからぬ希望をもたらしてくれた。
  検察審査会の人々に感謝するとともに、今後とも、自然を大切に考える人々とともに努力を積み重ねてゆきたい。
     2003年4月18日
     弁護士  梓澤和幸
     弁護士  緑川由香

(参照) 検察審査会とは?
  →選挙権を有する国民の中からくじで選ばれた11人の検察審査員が、一般の国民を代表して、検察官が被疑者(犯罪の嫌疑を受けている者)を裁判にかけなかったこと(不起訴処分)の良し悪しを審査するのを主な仕事とするところです。検察審査員は、非常勤の国家公務員(裁判所職員)で任期は6カ月です。これまでに、検察審査員として又は補充員(検察審査員に欠員ができたときなどに、これにかわって検察審査員などの仕事をする人)として選ばれた人は、約48万人にもなり、多くの人たちが国民の代表として活躍しています。