言論統制    梓澤和幸


個人情報保護法はネット時代の治安維持法だ (11月1日)


  国会で審議されている個人情報保護法を人権擁護法案とセットにしてメデイア規制二法と呼ぶのが一般だがこの呼び名はよくない。メデイアへの影響は問題の一部にすぎない。法案が市民の集会・結社・表現の自由に及ぼす深刻な影響に注目すべきだ。

一、規制される市民団体・個人
  法案は 「個人情報取扱い事業者」 という言葉を作りだし、これに厳しい義務を課している。
  後に説明を加えるが、事業者とされる人々は厳しい命令を受け、これに反すると逮捕、捜索 (がさ入れ) 処罰を受ける。
  事業者という言葉からすると、普通の個人、市民団体は関係ないと思いがちである。しかし、違う。
  「個人情報取扱い事業者」とは誰のことか。
  法案作成に関与した内閣官房の藤井昭夫個人情報保護担当室長は、問われてこう語っている。「個人情報取扱い事業者は営利企業に限定されず、個人情報を取り扱うあらゆる団体、個人を含む」 と。
  官庁の文献を調べてみると藤井氏の発言は個人的なものでないことがわかる。

  消費者契約法という法律が、二〇〇一年四月一日施行された。ここに事業者という概念がはじめて登場した。この法律についての政府の解説が参考になる。
  「事業」とは、「一定の目的をもってなされる同種の行為の反復継続的遂行」 であり、営利の要素・目的を必要としない、という。(経済企画庁国民生活局消費者行政第一課編 「逐条解説消費者契約法」 四二頁)
  この本には次の解説が続く。
  事業者とは、かかる 「事業」 を行う法人、非法人をいう。非営利の市民グループ、個人をすべて含むというのである。(同書四三頁〜四六頁)
  事業者と言う言葉から普通に連想される、企業や営業体をさしているのではないことがわかる。
  藤井昭夫室長の、個人情報取り扱い事業者には、市民団体、個人を含むという解説は彼の思いつきでもミステークでもないのである。
  かくして生協、野菜・健康食品の共同購入グループ、団地自治会、環境団体、弁護士会、法律事務所、病院、労働組合、など個人情報を集積するありとあらゆる結社・個人は、「個人情報取扱い事業者」 として主務大臣のきびしい監督下におかれる。

二、規制される対象物と行為
  法案二条の定義規定によると、規制の対象となるのは、コンピューターにうちこまれた氏名・住所その他個人を識別できる個人情報の集積物と、普通よく使っている索引付人名簿である。ほかに、個人情報のかたまりであるメーリングリスト、ホームページ、機関紙などが監視、規制の対象となる。
  いまどき名簿を持たない団体はない。住所録ならどこの家にもある。
  名簿という個人情報の集積物についていちいち規制の口実を設けそれを道具にしてあらゆる団体、個人に干渉しようとするのである。また団体、個人が個人情報を取材して記事やアピールを発表することも規制の対象となる。
  法案に即して見て行こう。
  団体、個人は個人情報を取り扱うときは出きる限り目的を特定する義務があり、目的外利用、本人の同意なく第3者に個人情報を提供することを禁止される。(20、21、28条)

  市民団体は集会をするたびに参加者に記名あしてもらって次の集会の案内をすることがある。
  野菜や卵の共同購入や食の安全という目的で集まるサークルの集めた名簿で、有事法制や憲法問題、イラク攻撃などといった反戦目的の集会やデモの案内を出すことがある。こんなときにも目的外利用の口実で干渉と規制が可能となる。

三、規制の主体は公安委員会つまり警察だ。
  市民団体、個人にうるさい条文を使って干渉、規制するのは法律では主務大臣となっている。主務大臣というと何やらありがたく遠い響きしかもたない。
  ところがである。よくふわけをして行くとこれが警察官をさしているのである。
  関連条文をみてみよう。

  内閣総理大臣は特定の個人情報について、国家公安委員会を主務大臣に指定できる。(四一条) 「特定の」 とするが、規定の上では何らの縛りがない。 
  内閣は政令によって都道府県知事、市町村長その他の執行機関その職員に主務大臣の権限に属する事務を行わせることができるという規定がある。(56条、57条)
  「その他の執行機関」「職員」 の規定から都道府県公安委員会、警察官が除外されていない。

  主務大臣というと、あまりに市民生活の日常から遠い。しかし、市民に日常接触する警察官が、強い規制権限をもつことを想定するとにわかに厳しい規制が現実感を帯びてくる。
  簡単に言うとおまわりさんが主務大臣なのである。

四.さて公安委員会 (警察官) を含む主務大臣はどのように実際の規制を行うのか。
  主務大臣(警察官)は、個人情報の目的外利用の禁止、同意なき第3者提供の禁止、個人情報の不適性取得の禁止などの義務規定の遵守状況について市民団体、個人に対し報告をせよという権限をもつ。(三七条)
  報告をせよといわれて無視したり、うその報告をしたりすると報告義務違反罪とされ、、三〇万円以下の罰金が課せられる。(六二条)
  また主務大臣(警察官を含む)は、緊急の必要があるときは、勧告ぬきでいきなり違反行為の中止その他の是正措置を命ずることができる。(三九条三項)
  たとえば、あるメーリングリストは加入の目的が限定されているのに、管理者は目的外の連絡にメーリングリストを使っているなどという干渉ができる。
  主務大臣は違反行為ありと認定すれば、メーリングリストの利用中止、集会にむけたダイレクトメール発送禁止、個人情報の含まれた演説、論文等の発表禁止の命令を出せる。
  命令違反には、六ヶ月以下の懲役、三〇万円以下の罰金が課すことができる。(六一条)

五、さらにすごいことが待っている。
  報告義務違反罪、違反行為中止命令違反罪は義務違反が続く限り犯行が続いていることになる。
  ずっと現行犯というわけである。理論上裁判所の令状なしの現行犯逮捕、捜索差押が可能となる。(刑訴法二一二条、二二〇条) オーバーステイの在日外国人が入管法違反の現行犯で逮捕されている事例は数知れない。
  さまざまの団体、個人にかなり恣意的に警察がふみこめることになる。

六、報道機関も主務大臣の審査からはずされていない。
  新聞やテレビは適用除外という条文は誤解を招きやすい。報道機関といえども主務大臣(警察官を含む)の審査からは除外されていない。
  たしかに、報道を適用除外とする場合の規定がある。(55条)
  しかし個人情報を取り扱うものが報道機関に所属していても、表現内容が、専ら報道目的でないとされるときは適用除外されない。(五五条一項一号)
  報道とは何か。「不特定かつ多数の者に対して客観的事実を事実として知らせること、又は客観的事実を知らせるとともにこれに基づいて意見若しくは見解を述べること」との政府答弁書 (二〇〇一年七月二三日) がある。ある記事が真実か否か、それが専ら報道目的か否か、についての審査権限を主務大臣 (公安委員会、警察をも含む) がもつのである。そして、報道目的でないとの口実で、刑罰や強制捜査の威嚇を背景にした前述の命令を出すことが可能とされる。これこそ憲法が禁止する検閲そのものである。

  個人情報保護法は現代の治安維持法だという表現は誇張のレトリックではないのである。

   (この文章は小学館文庫 「あなたの個人情報保護法が危ない!」 に掲載されています。)