言論統制    梓澤和幸


毎日新聞時評(8月6日掲載)


  昨年の自殺者が31042人、うち経済苦の自殺最多の6845人 (7月25日本紙ほか各紙) の記事は、強い関心をもって読んだ。毎日は一面トップとした。 26日本紙余録は「意思的な死の背後にある不条理な現実」と指摘するがもっと具体的な事実を示し、鋭い論評をうちだしてほしい。
  痛みへの対策は十分にするとの公言のもとにリストラや不良債権の処理が強行されてきたのではないか。膨大な規模の悲しみの現場に肉迫し、それを根拠に政権責任者から原因と対策についてコメントを引き出すべきだ。
  ドイツでは失業者が約400万人いるが政府の諮問委員会が三年で半減の策を提案している。(朝日7月25日九頁) また失業者の自助グループが活動し、政府への要望活動や自殺の防止に成果をあげているという。(「ドイツ失業者自助グループの挑戦」 藤江ウインター公子週刊金曜日7月26日号) 国内外のこうした動きにも目をむけ紹介してほしい。
  住民基本台帳ネット (住基ネット) の8月5日稼動にむけ、福島県矢祭町の離脱や国分寺、狛江、杉並区、の首長の動きがめだって報道されている。(7月25日、2626日本紙) 記事に注文をつけたいことがある。第一は個人情報保護法制との関連だ。首長の発言に個人情報保護法成立を住基ネット稼動の条件とするものがめだつ。(25日本紙26頁の矢祭町長インタビュウなど)
  四日市の住民情報のぞき見 (7月28日本紙) など、これからも安全管理の面で情報もれの記事が出るだろう。しかし、いま国会に提案されている個人情報保護法は、非営利の市民団体、個人も対象とする。(藤井昭夫個人情報保護法担当室長──当時) 刑罰を背景に公安委員会をはじめとする規制機関が報告要求をし、違反行為是正命令を出せる。(法案37条、39条) 違反には刑罰が課される。令状なしの逮捕、捜索もあり得る。(法案61、62条、刑事訴訟法) 与党による表現の自由への配慮などの修正の動き(7月30日各紙)などでは法案の欠陥はぬぐえない。この法案は廃案とし、行政機関保有の個人情報保護法制の充実を優先させるべきだ。記事はそこを欠いては不足だ。
  第二は、法的問題の掘り下げが必要だ。離脱した自治体にむけて、総務省が違法だと指摘している。(7月23日朝日一頁など)7月31日朝日 「私の視点」 欄で、清水勉弁護士は個人情報保護の万全を期した住民基本台帳法付則1条2項にもとづき、行政個人情報保護法制の不足や技術的にセキュリテイーが十分でない住基ネットへの不参加は適法だとする。私は憲法違反の論拠も付け加えたい。
  ジャーナリストの斎藤貴男氏らを原告とする憲法訴訟も提起された。(7月27日各紙) これだけ不安のつのる住基ネット関連条文とネットワーク接続処分はプライヴァシイを保障している憲法13条、地方自治の本旨を定めた憲法92条に違反する疑いがある。したがって、自治体の首長は住民の尊厳のため、より積極的になるべきだし、総務省も住基ネット不参加を違法ときめつけることはできないのである。
    月  日づけ本欄の私の記事で、1987年6月大統領の直接選挙制など民主化宣言をしたノテウ氏の肩書きを大統領としたが、当時の与党民正党の代表委員が正しい。訂正させていただく。