言論統制    梓澤和幸


書評 「個人情報保護法と人権」

     書評 「個人情報保護法と人権」
     田島泰彦編  明石書店刊

                                   梓澤和幸(弁護士)

  個人情報の集積は恐ろしいほどに個人を支配する力をもつ。一方個人情報保護の措置は必ず表現の自由など市民的自由とぶつかる。本書は、法案の批判だけでなく、葛藤をのりこえて、その先を提示しようとする野心作だ。
  脱出口は官に厳しく、民間は自主規制と個別法でとするのが本書の大体の基調だが、ほかにも印象深い提言と紹介がある。

  第一は、自治的解決の示唆である。
  権力的取締りは疫学、社会学研究や、報道、などあらゆる人間の精神活動にいびつな影響を与える可能性をもつ。かかる前提にたち、立山紘毅の「個人情報保護法とネットワーク、学術研究」は次の提案をする。 「関連する学会や専門家の団体が自主的に示す規範が詳細を定め、適時に修正を加えながら、複雑多岐にわたる問題群の解決をめざす方向を法規制とくみあわせる。」(本書49ページ)
  個別の分野ごとに、こうした考察と実践を積み重ねてゆくことが、問題の能動的な解決につながる。この提案はこちらの考えをぐいぐいと広げる力があった。

  第二、外国の立法例も公正に行われている。
  1、アメリカでは、民間は全体として、自由競争と自主規制に任せる。金融など必要な分野では個別法による。プライバシー情報の保護は表現の自由を制約しやすいだけに、政府に規制権限を与えることに懐疑的である。
  その根源に修正憲法1条を大切にする風土がある。
  2、EU,イギリスでは、表現の自由全般について、コミッショナー、裁判所を介在させる手続き的配慮のほか,実体面でも適用除外に慎重な配慮がなされている。
  3、ドイツでは、メデイアという仕組みとその自主規制に憲法上の位置づけが与えられている。これを度外視した紹介や議論をすべきでない。
  各国とも苦悩がにじみ出ている。

  本書が今後に残した問題をひとつだけあげたい。
  個人情報保護法案は主務大臣の権限を強大にしている。与党修正案でもこの点は変わらない。本書では次の法律的解明が期待されたが弱い。
  法案では、個人情報取り扱い事業者を厳しく規制する。団地自治会、労働組合、生協など、ありとあらゆる名簿、データベースを持つ団体は、国家公安委員会を含む主務大臣の監視のもとにおかれる。個人情報保護法は行政法規である。個人情報利用中止命令 (39条3項) や報告を求める命令 (37条) がいったん出されたら、仮処分でも止まらない。
  しかも命令に反したら、刑罰が適用され、命令違反は現行犯となる。
  メデイアも、個人情報の利用が報道目的かどうかの審査の対象となり、報道目的でないとなれば厳しい規制は同じだ。
  この点に絞った法案の危険性の解明という仕事が急がれる。
  しかし何より強調したいのは、次々と論集を打ち出す編者田島康彦氏のすさまじいばかりの情熱だ。それはまぎれもなく表現の自由という人権にささげられている。
  本書は法案の議論が急を告げるいま欠かせないテキストブックとなろう。