トピックス   梓澤和幸

自民党憲法改正草案/現憲法対比
2013.3
 弁護士 杉浦ひとみ

  憲法改正の手続法が6年前にでき、国民投票の制度が整いました。 憲法改正手続きにつき、たとえば 「国民の意見が重要なのに、国会のハードルが高くて国民の意思が聞けません」 などと詭弁を弄して、 改正を進めようとしています。そして、自民党はどんな憲法に変えようとしているのか。どんな国にされようとしているのか。
  そのことも知らずに、私たちは、大丈夫でしょうか!!



「憲法改正って?」

1 「まず、憲法改正手続き(96条)について改正したい」
                     という首相の発言の問題性


自民党改正草案
★この憲法の改正は、衆議院又は参議院の議員の発議により、両議院のそれぞれの総議員の過半数の賛成で国会が議決し、 国民に提案してその承認を得なければならない。 この承認には、法律の定めるところにより行われる国民の投票において有効投票の過半数の賛成を必要とする。
現行憲法
第96条 この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。 この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

〈コメント〉
  硬性憲法(改正手続きが厳格な憲法)の長所は、時の権力者が憲法をも自分に都合のいいように書き換えることにより権力を恣意的に行使し、 国民の人権を侵害する危険性を低減できる点にある。改正手続きの変更はこの趣旨を失わせるもの。

2 では、自民党は憲法をどんなふうに変えたいのか?(左が草案・右が現行)
   主立った改正点を指摘します。

(1) 人権保障の程度
           公および公益の秩序     ←     「公共の福祉」
〈コメント〉
  現行の 「公共の福祉」 は、権利と権利の調整のために必要な制約を意味している。
  「公および公益の秩序」 は抽象的な価値によって人権を制約される恐れがある。

自民党改正草案
現行憲法
第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。 国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、 常に公益及び公の秩序に反してはならない。 第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。 又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
第13条 全て国民は、人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、 公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。 第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、 公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

(2) 前文
自民党改正草案
日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、 行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。 我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、 今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。 日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。 我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。 日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。
現行憲法
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、 わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、 ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。 そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、 その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。 これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、 われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、 専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に 除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。 われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、 この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

(3) 天皇       元首        ←        象徴
〈コメント〉
  天皇に権限を付与しないために象徴としていたが,元首(対外的に国家を代表する国家機関)とすることにより、天皇に権限が与えられる。

自民党改正草案
第1条 天皇は、日本国の元首であり、日本国及び日本国民統合の象徴であって、その地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。
現行憲法
第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

(4) 国旗国歌
自民党改正草案
新設 (国旗及び国歌) 第3条 国旗は日章旗とし、国歌は君が代とする。
現行憲法

(5) 9条2項
<コメント>
  9条は2項の 「戦力不保持」 が重要であったわけで、1項の平和主義が維持されても、2項が変更されることは、9条の性質を変えることになる。

自民党改正草案
第2章 安全保障 (平和主義) 第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、 武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない
現行憲法
第2章 戦争の放棄 第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、 国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない

(5) 9条の2
自民党改正草案
新設 (国防軍) 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
現行憲法

(6) 24条両性の平等の前に 「家」 の規定
〈コメント〉
  両性の平等をうたった24条に第1項に、「家族」 の言葉が入りました。男女の平等がまだまだ十分ではない社会に、 再び家族制度の復活を思わせるとともに、福祉を家族に押しつけることになりかねません。

自民党改正草案
新設 第24条1項 家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。
現行憲法

(7) 66条 「文民規定が消えた」
自民党改正草案
2項 内閣総理大臣及び全ての国務大臣は、現役の軍人であってはならない
現行憲法
内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない

(8) 「緊急事態」 の章の新設
自民党改正草案
新設 第9章 緊急事態 (緊急事態の宣言) 第98条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、 内乱等による社会秩序の混乱、 地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、 閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
2項・・・・・・・・・・・・・・・(緊急事態の宣言の効果) 第九十九条 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、 内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、 内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。 2項 ・・・・・・・・・・・・
現行憲法

(9) 憲法改正規定 (上述)

(10) 憲法の最高法規 が削除
〈コメント〉
  現行の97条の規定は、憲法改正によっても基本的人権を制限することはできないという改正の限界を画す規定だと説明されますが、これを削除しています。

自民党改正草案
〔削除〕
現行憲法
第97条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、 これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである

(11) 憲法尊重擁護義務
〈コメント〉
  憲法は、国家が個人の権利を侵害しないように国が守るべきもので、国民が守るものではない。 しかし、国民に尊重義務が課され、「天皇および摂政」 の遵守義務が落ちた。

自民党改正草案
第102条 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない
2 国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う。
現行憲法
第99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、 この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

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3 憲法改正国民投票法について
   憲法改正のための国民投票法はあるのですか?
      → あります   2007(平成19)年5月18日公布
  憲法制定時からずっと、憲法改正の際の国民投票についての手続き法がなかったのですが、2007年に制定されました。 ただ、内容的にはいろいろ問題があります。

〈憲法改正国民投票法の内容〉
【この法律が定める国民は】
  国民投票の投票権は、成年被後見人を除く、年齢満18歳以上の日本国民が有する

1..憲法改正原案の発議   法律で定める一定数(衆議院100人以上、参議院50人以上)の国会議員の賛成により、憲法改正  案の原案(憲法改正原案)が発議される

2.憲法改正の発議
  憲法改正原案は、衆議院憲法審査会および参議院憲法審査会で審議され、衆議院本会議および参議院本会議にて3分の2以上の賛成で可決されます。 両院で可決した場合は、国会が憲法改正の発議を行い、国民に提案したものとされる。

3.国民投票の期日
  国民投票の期日は、憲法改正の発議をした日から起算して60日以後180日以内において、国会の議決した期日に国民投票が行われます。
  → 周知期間が短い

4.広報・周知
  憲法改正案の内容を国民に知ってもらうため、国民投票広報協議会(各議院の議員から委員を10人ずつ選任)が設置されます。 憲法改正案の内容や賛成・反対の意見、そのほか参考となる情報を掲載した国民投票公報の原稿作成、投票記載所に掲示する憲法改正案要旨の作成、 憲法改正案などを広報するためのテレビ、ラジオ、新聞広告を行います。 また、総務大臣、中央選挙管理会、都道府県および市町村の選挙管理委員会は、国民投票の方法や国民投票運動の規制、 そのほか、国民投票の手続きに関し必要な事項を国民に周知することとされています。
  → 「広報」 を投票期日の10日前までに投票者の世帯に配布

5.国民投票運動
  憲法改正案に対し、賛成または反対の投票をし、またはしないよう勧誘することを 「国民投票運動」 といいます。 政党やその他の団体、マスコミ、個人などが、一定のルールのもとに 「国民投票運動」 を行うことができます。
  → 投票期日14日前からは、国民投票広報協議会が行う広報のための放送を除き、テレビやラジオの広告放送は制限されます。 よって、実質、「広報」 については広い意見は聞けない!

6.投票
  投票は、国民投票にかかる憲法改正案ごとに、一人一票。 投票用紙には、賛成の文字および反対の文字が印刷され、憲法改正案に対し賛成するときは賛成の文字を囲んで○の記号を書き、 反対するときは反対の文字を囲んで○の記号を書き、投票箱に投函(とうかん)します。 また、選挙の投票と同じく、期日前投票(投票期日前14日から)や不在者投票、在外投票などが認められる。

7.開票
  憲法改正案に対する賛成の投票の数が 投票総数(賛成の投票の数および反対の投票の数を合計した数)の2分の1を超えた場合は、 国民の承認があったものとなり、内閣総理大臣は直ちに憲法改正の公布のための手続きを執ります。
  → 25%の人が投票したときにはその過半数
    =8分の1以上の賛成で改正されてしまう