エッセイ     梓澤和幸

考えよう 脱原発 (2011.4.24)
梓澤和幸

  20パーセントの我慢?

  命とふるさとうしなうよりは。
  少しのスローは耐えられる。

  24時間テレビ、大型冷蔵庫、クーラー、高級車、オール電化、携帯、コンピュータ、巨大ビルのなかったころ

  里山の春はうぐいすなき、桜が咲き梅が匂った。菜の花がずっと遠くの土手まで花を続かせた。田や畑を過ぎる風は土の香りを運んだ。
  小川の水は音をたてて流れ、うぐいとふなが銀色に輝いた。

  地平線の青い山並み。その向こうで、息子や娘そして笑いが力をくれる孫がふるさとの野菜を待つ。 じいや ばあは 腰の痛みをものともせず、畑をはいずった。タケノコも掘った。
  柴犬はくるくるまわって自分のしっぽをかんで遊んだ。

  お盆になると家族みんなが集まり、おじいが踏んづけた地粉のうどんと甘い香りの菜っ葉を食べた。 土地の言葉がでるとなんだかうれしく、なつかしくそれだけで腹を抱えて笑った。涙が出るほどだった。おばあのぼたもちを腹がはちきれるほど食べた。

  黒光りする梁にはおじいのおじいおばあ、もっと古い先祖様の古く変色した写真がかざってあった。いかめしい顔もこの時ばかりは笑っているようだった。

  校庭には明るい陽がさした。子どもたちは体をはずませ、はね、とんだ。
  赤ん坊は砂場で安心して遊んだ。

  路地を行き交う人には親しさのこもる視線があった。
  若者はこずきあってふざけ、会社員は赤ちょうちんで口角泡をとばし。
  男と女はひそやかに恋を語った。

  お金よりも、名誉よりも、人が生きるためにはもっと大切な何かがある。

  地震と津波は狂おしくなるほどの悲しみといたみをもってきた。けれど人々の助け合いの魂も生まれた。
  その精神で、脱原発の生活を考えてみたい。絶望と不安の中で、希望を語れるか。


 電力の30パーセントは原発に頼っているというが休んでいる火力を起こせば原発依存度はもっと減る。
  10パーセントは太陽熱、風力、水力で。
  眠りを覚ました火力はもっとエネルギーを出せる。
  あとは生活をスローにして、原発を少しずつ減らす。智慧と少しの我慢を。地震列島に生きる命とふるさとを守れるのなら。
  参考文献 ドイツ政府発行 「原子力発電がとまる日」 日本語版
  スロービジネスカンパニー  TEL 093-202-0081
  石崎克彦著 「大地動乱の時代」 岩波新書
  同著論文 雑誌科学 1997年10月号掲載 「原発震災 破滅をさけるために」
  石橋克彦氏の HP から全文閲読可能です。