メディア・読書日記 2008.2.4
2008.1.27 鹿児島大学にて講演、シンポジウム参加
志布志事件という選挙違反冤罪事件が、こんどの旅行のテーマだった。
野平康博弁護士と、12人の被告 (被告人ということが正しいが、一般の文章では被告といういう方がなじみやすい、以下、被告としよう) のうち、
中山信一元被告 (県会議員) とのインタビュー、それに鹿児島大学で行われたシンポジウムへの参加であった。
記者や弁護士、ご本人たちとの語らいの中から人々が共通に抱いている事件の印象が浮かび上がってきた。
印象とは次のようなことである。 事件があって誰が犯人かを見誤ったのではない。事件は作り上げられたのだ、というのである。
私がこの印象を自分自身の仮説として掲げるには、なお時間を必要とする。
そこで本稿では、事件の核心となるこのポイントは外す。そして、すでに確定された事実に従って、事件が示している外形について記しておくことにしよう。
第一は、12人の被告に、起訴された買収事犯について無罪の判決が下っており、その判決の中心論点は有罪に結びつく自白に信用性がないということである。
第二は、勾留の長さである。
中山信一被告に395日、その妻ひさ子被告に300日の勾留がついた。7回、地裁が保釈決定したが、検察庁の抗告が行われ、福岡高裁は地裁の保釈決定を取り消した。
第三は、訴因不特定の問題である。
起訴以来、2年間公訴事実の中心をなす買収会合の日付は特定されなかった。他の被告の自白内容からして、検察側は1月8日と、
3月25日をターゲットにしているように考えられた。
しかし、被告、弁護側の再三の求釈明にもかかわらず、買収会合の日付は特定されず、被告側はアリバイ立証に入れなかった。ここを少し詳しくいうとこういうことである。
中山被告の弁護側は、前述したようにある日付について中山議員が同窓会に出席していたため、この買収会合には出席できないことがわかっていた。
同窓会出席の日時について参加者の証言は明確でゆるぎがなかった。だから、アリバイ立証に入りたいのだが、検察側が買収会合の日時を起訴状で特定しないので、
うっかりアリバイ立証に着手できない。
もし、A月B日○○の場所に出席していない、なぜなら中山被告は同窓会に出ていたからだ、との立証に成功していたとしても、いや会合はC月D日だったと、
構成しなおされれば、アリバイ立証は宙に浮く結果となってしまう。
判例の識別説 (
リーガルマインド第43回を参照) がこの訴因不特定を支える理論となっていることに注意したい。
第四に、接見交通権の侵害問題である。
捜査段階に弁護人が被告人らと接見していた54回について、被疑者の調書が取られ、それが法廷に提出されていた、という。
被疑者と弁護人は捜査側にその内容を知られることなく会話し、相談することができる、とすることが憲法34条、刑事訴訟法39条1項の立法趣旨である。
この秘密が守られることによって初めて、強大な力をもった捜査側に対して被疑者弁護人は有効な弁護活動を期待することができ、
憲法34条の弁護人依頼権を実質化することができるのである。したがって、この秘密を侵すものは憲法違反のそしりを免れないのである。
ならば、接見内容につきいちいち全部を調書にされていたのでは接見内容は録音されているのと同じである。
第五に、任意、強制の両方の段階で違法な取調べが行われていることである。
すでに報道されている踏み字の強要がそれであり、中山議員に行われた嘘の 「お前の奥さんはすでに自白しているぞ。」 という尋問の方法である。
きり違い尋問といわれる手法で、違法性は強いものとされている。
だがその故に生産された自白調書であっても、地裁判決 (確定) は任意性を否定しなかった。
第六は、国選弁護人の解任事件である。
国選弁護人の二名が裁判所から解任された。
接見禁止となっている被告に家族からのメッセージを示して読ませたことが解任の理由となったという。
これは、接見禁止の効果、国選弁護人選任、解任の権限の範囲如何という重要な法律問題がからむので別稿をおこしたい。
シンポのあと地元の記者の人たちと薩摩焼酎をのみながら意見をかわした。
一人、テレビキャスターがいたがシンポで父上の取調べ体験を語ってくれた。ある選挙違反事件で取り調べを受け、
帰宅後 俺はこんなに侮辱されたことはない、と涙をうかべて家族に語ったという。その傷はまだ小学生だったキャスターの心に残った。
親しい職場の仲間にも語っていない体験だという。志布志事件の被告や周辺の人たちの多くが同種の傷みを抱えているのだが、
自分の体験があるだけにその痛みが実際に伝わってくるのだという。
もう一人の記者は内部告発についての、深刻な取材体験のほんのさわりを話してくれた。
記者たちのジャーナリスト人生をかけた、身命を惜しまぬ行動によって志布志事件の真実はすこしずつ全貌を現している。
事件の深部の構造は全国メデイアによって、もっと伝えられるべきであろう。
報道不信というキーワードがある。私たち市民にとって由々しい大事だと私は思っているが、
志布志事件の記者たちはそれをのりこえる努力の一歩を示しているのだと感じた。