エッセイ     梓澤和幸

「集団的自衛権と秘密保護法」 2

映画 「フルメタルジャケット」 を観る
2013.10.31

  これは第1回連載の 『突撃』 を作ったサンディ・キューブリック監督の作品である。
  海兵隊の新兵教育から始まる。
  野間宏の〈真空地帯〉が描いた日本軍の内務班を思わせる。残酷な人間性を製造する教育方法である。
  40人ほどの新兵が歴戦の曹長(サージェント)にしごかれる。高くそびえ立った木製の障害物を乗り越えたり、 重い荷物を背負わされて長距離を走らせたり、ありとあらゆる過酷な肉体的試練に晒す。 また、起立させた新兵にスピードの速い質問を浴びせ、応答させる。これについていけない善良な表情で肥満気味の新兵が失敗を重ねる。 そのたびに40人の班員全体に連帯責任が課され、腕立て伏せや超過ランニングが課せされる。 自分の身をここに置いたことを考えるとき、何より悲しみを呼ぶのは兵士たちの父母妹を侮辱する下士官の言葉だ。 売春婦とか、腐りきった豆腐野郎のお前たちは息子なんだといったような。

  ある日の点検。
  個人所有の私物をしまうトランクに鍵がかかっていないことを咎められ、トランクの中身をぶちまけると、 食堂から持ち出し禁制のドーナッツを持ちだしたことが発見された。
  全員の腕立て伏せの光景のなかで新兵はドーナッツを無理やり口の中に押し込まれて食べさせられる。残酷なのはその先である。
  連帯責任を背負わされた恨みを同級の班員たちの何人かが晴らす。
  深夜、失敗続きの新兵に猿ぐつわを噛ませて、悲鳴をあげられないようにする。そのうえで、固形石鹸をタオルに包んだ凶器で腹部、 胸部を何回も殴りつけるのである。轡をかまされてもなお響く悲鳴が痛さというより孤独や悲しみの叫喚としてひびくのだ。 いつもの耐えなかった──そのことの故に、サージェントから 「お前のその笑いを顔から消してやる。」 とまで言われるのだが── 新兵の顔が黒ずみ目は座り、微笑が頬から消える。やがて教育訓練機関が終わり、明日、各隊員の任務に派遣されるという、 つまり卒業の日の前夜、新兵をかばっていた、一番仲の良かった兵士がパトロールのためトイレをのぞいた。 新兵は自動小銃を抱えたまま虚ろな目をして便器に座っていた。
  異様な空気を察知した友人がためらっているうちにサージェントが殺気を感じてトイレに走りこんで来た。 新兵は自動小銃を構えてなお虚ろな目をしていた。サージェントは 「お前、何を馬鹿なことをやっているのだ。銃をよこせ。」 と問答するうち、 新兵はここぞとばかり、サージェントの胸に自動小銃をブチ込む。 観客はここでどこかカタルシスを覚えるのだが、友人がその銃を何とかしろと言っているうちに、新兵は銃で自分の喉をぶちぬく。
  キューブリックは何をこの映画の前半にあたる海兵隊教育の物語で言いたかったのだろうか。
  普通の社会に生き、家族、友人、恋人、と行き来し、日々を過ごす庶民の一人ひとりがこうやって自分自身をも失い、やがて人を殺す機械に変えられていく。 そのように変えられることに順応できない人間は、肉体的に生き続けることさえ出来ない場。それが海兵隊の新兵教育なのだというのだろうか。 しかもここには政治家、高級官僚、偏差値一級の大学の卒業生はいない。

  『突撃』 と同じようにここでもまた下級兵士の目で軍隊や戦争が描かれているといって良いだろう。

  後半はベトナムの戦場である。戦場で相方になる仲間のことをBUDDYというそうだが、そのBUDDYと一緒に戦場に出され、 あるビルに立てこもった狙撃兵をひとつの小隊が追い詰める。だが兵士たちは次々に打ち倒される。 主人公の一人がビルに近づき、ベトナムの狙撃兵を撃つと、それは南ベトナムの解放民族戦線の女性兵士であった。 BUDDYは 「こんなやつ捨てて後退しよう。」 と言うが、主人公は 「いや、こんなに苦しんでいる兵士を置いていけない」 と言う。 それじゃお前だったらどうだと言われ、虫の息の女性兵士が 「とどめを刺してくれ」 と苦痛のなかから訴える。長い逡巡の時間。
  ついに主人公のピストルの音が鳴った。
  フルメタルジャケットとは完全実包の実弾のことをいう。サージェントを撃ったのも、女性兵士の命を貫いたのもフルメタルジャケットであった。
  ベトナム戦争の真実を伝えるアメリカ政府文書 「ぺンタゴンペーパーズ」 がニューヨークタイムズによって報道されたのは1971年6月23日のことであった。 エルズバーグという政府公務員の内部告発による。映画は1987年に公開されている。
  ベトナム戦争がアメリカという世界帝国を動かす政治家と軍人たちの陰謀に基づく愚かな戦争であることが骨の髄まで明らかになった時代に、 この映画は作られた。海兵隊の新兵教育で自殺した新兵も、前線で次々と倒れていった兵士たちのを悲惨さも、 カークダグラス主演の 「突撃」 と同じ下級兵士の目で、キューブリックは描ききったといえる。しかも今度は現代の帝国の戦争を俯瞰する目で。

  エルズバーグはいまもスノーデンを支持して活動を続けている。 ひとりの命がけの告発はメデイア、(いまではオルタナテイブメデイアも含んで考えるが)と結びつくとき、世界史を書き換える力を持ったのだ。 次回以降ペンタゴンペーパーズとはなにか。エルズバーグはなにをやったか、NYタイムズはどのように報道したかを書き、 悪法秘密保全法のもたらす未来を描きたいと思う。