エッセイ     梓澤和幸

書評 『国際人権法と韓国の未来』 朴燦運 著
(発行=現代人文社・発売=大学図書)


韓国変革のための法曹による実践と模索
葛藤をのりこえて来た数多くの人生
梓澤和幸

  韓国の現代を画するのは一九八七年の民主化抗争である。学生の拷問死をきっかけとする一〇〇万人もの群衆が 立ちあがる運動が全斗換軍事政権を倒した。盧泰愚与党代表が民主化宣言を発表して、 韓国の長い歴史の中で初めての民主主義の可能性が開かれた。
  しかしここから金大中、盧武鉉大統領政権の誕生に至るまでには、なおも多数の犠牲と苦闘があった。
  私は一九九〇年代初頭から、韓国の民主社会をめざす弁護士集団 (民弁) と日本の弁護士の交流活動に従事し、 すでに、両国で五回の交流研究会を開催して来た。
  その過程で深く印象づけられたのは、韓国の弁護士運動の中心メンバーが三〇代であって若々しいこと、 一人一人の弁護士が全体状況を念頭に置いて行動していることであった。
  自らの評価への野心ではなく、韓国社会がどうなるか、朝鮮半島と東アジアをどうするか。 南北間題をかかえる世界にどうかかわるか。これこそが彼らの頭脳を占める関心事である。 韓国焼酎 「真露」 を傾け、遠くを見て徹宵議論を交わす。
  著者、朴燦運
(パクチャンウン) 弁護士もその一人である。
  彼は法曹になる司法修習生にこう語った。
  「韓国社会が本当に求めているこの時代の法律家は、頭だけが明晰な人ではない。 世事に明るく、自分の出世に優れた才能を発揮する人ではなおさらない。 (略) ただ、彼・彼女は韓国社会の将来について常に案じ、自分自身を投げ出さなければならない。」(本書一六五ページ)
  朴氏は一九六二年生まれの韓国の弁護士である。一九九〇年代に台頭した若手の法曹だ。 国際人権法に照らして韓国と世界を分析し、変革のための実践と模索を続けた。 本書はその中で生まれたエッセイのアンソロジーである。
  「アメリカの対テロ戦争」というタイトルの文章が明快だ。著者は国連憲章が戦争を原則として違法としていること、 自衛権の行使と認められるときにだけ戦争が適法視されること、先制自衛攻撃は許されないとの規範を説得的に提示する。
  著者はこの規範を前提にしてアメリカの戦争を合理化するためには二つの事実の証明が要求されるとする。
  一つは九・一一テロがオサマ・ビンラディンによること、テロ攻撃が、オサマによって繰り返される蓋然性があること、この二つである。
  さらにテロ犯人を特定したとしても国際法に基づく法的な審判手続の進行が優先されるべきだと説く。 かかる国際規範を蹂躙したアフガン戦争もイラク戦争も合理化の余地がない。命を奪われた民衆に対してアメリカは犯罪者なのだ。
  これは国際法の了解からするとごく当然のことなのだが、最強国の爆弾が最貧国の民衆を襲っているとき、 日本の国際法学者やメディアからはこうした発言は聞こえて来なかった。 この発言は、著者もその誕生のために活動した盧武鉉政権によるアフガン、イラクへの派兵のさなかに、 それに反対する行動の論理として語られた発言であることを考慮に入れると重い響きをもつのである。

  国家保安法廃止と拷問、虐殺などの反人道的犯罪などの過去の責任追及も一九九〇年代韓国人権運動の課題であった。 著者の法的解明も当然にこのテーマに及んでいる。
  国家保安法は、朝鮮民主主義人民共和国 (北朝鮮) とこれに同調する団体を反国家団体と規定し、 これに対する鼓舞讃揚を刑事罰で処罰する。 この構成要件は伸縮自在であるから警察、安全部などの公安当局がこれとにらめばいつでも逮捕、 拘束可能である。起訴前拘束も特別に五〇日に及ぶ。韓国の歴史では五万人が政治犯として投獄を体験している。 一九九九年現在でも年間五〇〇人が同法で逮捕されているという数字に驚かされる。
  著者は、韓国の民弁のメンバーとして、ジュネーブの規約人権委員会にカウンターレポートを作成、提出し、 委員たちに熱心にロビー活動をし、国家保安法廃止の勧告を獲得した経験を躍動的に伝えている。
  国際人権規約選択議定書を批准していないため、日本にはない人権侵害の国連への個人通報制度の紹介も興味深い。 労働基本権、集会結社の自由侵害などで三件の勧告がジュネーブの規約人権委員会から韓国政府あてに出された。
  日本でこの制度が採用されれば最高裁で一蹴された従軍慰安婦問題、在日朝鮮人の公務就任権否定などは、 国際的な吟味にさらされることになるのである。

  このように書いて来ても本書の存在感に触れきった思いがしない。
  本書にこめた著者の告白エッセイ「私の家族史」こそ必読だ。著者とその妻の父母、祖父母方の親族たちは、 朝鮮戦争の前線が移動するたびに韓国、北朝鮮の軍隊、ゲリラ、民間糾察隊から拉致、虐殺された。
  この物語は親族の一部が左翼パルチザンに一時期所属を余儀なくされたことも含む。 レッドコンプレックス (赤ぎらい) のつよい韓国では、これは日本のレッドパージ以上に社会から個人を抹殺しかねない ネガティブな力をもつ思い切った告白であり、朝鮮半島を分断する戦争にまきこまれたどの家族にもありそうな物語である。
  民衆の中から大統領を生み出し、改革をすすめる韓国人権運動のダイナミックスの裏に、 痛苦に満ちた葛藤をのりこえて来た数多くの人生があったことに読者は強くうたれるだろう。

図書新聞 第2714号 2005年2月19日 (土)